夢はうたかた

だいたいどうでもいい話

2020年を振り返る

 

今年ももう終わる。「非日常」「誰も経験したことのない」2020年。変な1年だった。

 

自宅の小さな机にノートPCを置き、少し猫背になりながらタイピングする日々。ヘッドフォンを壊したり、骨伝導イヤホンを検討したり、考えなくてもいいことを考えた。

野球の開幕が遅くなった。実は今年は(も)自分はとても張り切っていた。「今年はたくさん球場に行く」と決めた年だったのだ。結果、1回も球場に行くことはできなかった。自分を鼓舞するためか、空白を埋めるためか、今までで一番野球の情報を集めた年でもあった。

キスマイと距離を取り始めて、1年ほどが経った。出演番組を見逃したり、CDのリリースを知らなかったり、ということが増えた。嫌いになったわけではない。自分のどこかにあった「義務感」のようなものを失ったのだ。この義務感こそが、アイドルファンには必要だったのかもしれない。私のCD棚には自分のポリシーを捨て、複数枚購入したCDがある。ああいうパッションが必要なのだと、私は、思う。

ミュージックソンを一分も聴かなかった。24日も25日も、物理的に不可能だったのである。だから聴けなかった、と表現したい。でも、隙間時間に多少は追うことができたとは思う。年末、たぶん掃除をしながら、タイムフリーで聴くかもしれない。これだけは変えたくないと、放送中に少額ながら募金だけはさせてもらった。

Twitterを断ちたい、と思ったことも相まって、より情報に遅れをとるようになった。今後自分が有益な情報を発信することはないけれど、ここで出会って楽しい時間を過ごした人たちがいる以上、なんとなくアカウントを残しておくのだろうとは思っている。最近のTwitterはとても嫌いだが、結局のところツールとして好きなのだ。

コロナ禍で気が滅入っていたときに、「To-y2」が発売になった。正直最初は買わなくてもいいかな、と思ったりもしたが、アルバムくらいは集め続けたいと思って買うことにした。アイドルの明るさが重すぎて、しばらく封を開けることはできなかったが、ある日思い切って再生してみることにした。涙が出るくらいわくわくして、元気が出た。アイドルってすごいな、と思った。

好きな曲が結構あったのでレビューをすることにした。あの言葉に嘘はないし、全て本気の言葉だった。でも、発売と同時にCDを手に入れて、多数にシェアされるようなパッションのある文章は、もう書けないのだと悟った。

いつからか、いろいろな人に文章を読んでほしいと思う気持ちが強くなりすぎたような気がする。読み手を不快にさせたくないという信条はまったく変わらないのであるが、それを意識しすぎたあまり、「あくまでも自己満足の独り言である」というポイントが抜け落ちた。数年前はブログももう少し活発で、ゆったりとしたSNSのような使い方ができていた。毎回読んでくれる人もいて、そこに向けて投げかけるような言葉を多用していた。もう読んでいる人はほとんどいない空間であるのに、そうした人たちがまた読んでくれることをどこかで願った、誰かに語り掛けるような文章ばかりになっていた。

最近、ネットに漂流する古いエッセイを見つけた。読者を突き放すことはないが、変にテンションをあげて呼び込もうとはしない。それでいてどこか楽し気で、いい文章だった。

 

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今年はあまり音楽を聴くことができなかった。毎日イヤホンを使った作業をしているから、イヤホンをつけたくなかったせいかもしれない。

それでも、Spotifyで4500分くらいは音楽を聴いたらしい。意外にも、音楽を聴いていたのだ。それ以外の媒体でも聴いているから、もっと音楽に触れていた。

今年聴いた音楽を、どこかに書き留めておこうと思う。