夢はうたかた

だいたいどうでもいい話

アイドルの光を感じるとき―自分の余裕と眩しさと。

 

 「キスマイ担お休み」を高らかに宣言し、なんとなく公式にキスマイと距離を置いている。宣言というのはなかなかすごいもので、一度表明するといわば免罪符のような形でSNSやメディア、そしてキスマイから堂々と距離を置くことができる。これは皆に共通する感情であるかどうかはわからない。でも、私は「現在進行形のキスマイ担」である以上は何かしらの行動を行わなければならないと囚われていたのである。

 ところで、私は音楽はWalkmanで聴くことが多い。スマホのバッテリーの問題で~とか言っておけばいいんだろうけど、音楽はWalkmanで聴きたいというだけだ。目覚ましの曲に設定するために、『Yummy!!』だけが私のiPhoneに入っている。むろん、目覚ましの曲にしているのは玉森裕太さんソロ曲の「Clap-A-Holics」だ。名曲をこんな使い方して申し訳ないのだが、朝っぱらから寝室をダンスフロアにしてはいけないという一心で起きることができるので、この曲が最適なのだ。

 最近、私のWalkmanはバッテリーの持ちが悪い。リチウムイオン電池に負荷をかけ続けているし、カバンの中で物に押しつぶされて再生されてしまっているのか、翌朝ただの石板と化したWalkmanをがっかりしながら置いていくことが多い。だから、移動中にオフラインで聴くことができる音楽は『Yummy!!』の曲だけなのだ。

 去年のアルバムである『Yummy!!』は好きなアルバムだった。全体的にトーンが明るいが、楽曲の方向性は好きだ。ただ、先に述べた「キスマイ担お休み宣言」以降、何となく聴いていなかった。アイドルというものと距離をとりたかったのかもしれない。降り注がれる「すき」「スキ」「アイシテル」「君は大丈夫」すべてが記号のように聞こえて音楽として真正面から受け入れることができなくなっていた。そうなったら最後、あとは距離を置くしかないのである。もしかしたらもうアイドルの曲を聴くことはないのかもしれないと思っていた。

 余裕のない毎日。やらなきゃいけないこと、やるべきこと、やったほうがいいこと、やりたいこと。人のためになっているか?誰かに迷惑をかけていないか?未来への不安と期待と、今日一日何ができたのだろうと反芻し反省する日々。でも、ちょっとずつ前に進もうと頑張っているつもりだった。

 

 今日も食べ損ねた昼食を一人で食べようとした夜、ふと『Yummy!!』を聴いてみようと思った。

 

「明日はどんな一日になるだろう?楽しいことがたくさんあるといいね」

 

「今日もちゃんと笑った?」

 

思わず箸が止まる。こんな曲、あったか?――

そう、キスマイ担の皆さんはご存知、「HAPPY☆DAY」だ。私は何となくあんまり聴いてこなかった曲。だって、いきなり「アイシテル!」とかいうんだもん。

だけど、こうして急に私を救い出す。明日がいい日になるといいねって、単純だけど、未来を見ていないと言えないこと。無条件の「アイシテル!」は心強さをくれる。イライラしてたらもったいないよ、人生Enjoyした方がいいよって声かけてくる。何故か、そっか。って素直に受け止められる。ちゃんと頑張ってるの知ってるよって見ているよって言ってくれる。隣で、「気にしなくていいよ」って励ましてくれる。だから、明日に向かうことができる。アイドルは、そうやってまた間接的に、意図せず人を救っている。

 

 不安定だったり、辛かったりするときに人はアイドルにハマるのだと思っていた。少なくとも私はそうだったと思った。違ったかもしれない。不安だったり辛かったりしても、その現状から目を背けたり穿った見方をしていたら、アイドルの光を感じ取ることができないし、受け止めることもできない。でも、辛いなりに前を向いて動いた結果出会うアイドルは、明日に向かう意味や活力をおすそ分けしてくれる。ちょっとだけ、背中を押してくれる。きっとそれが、立ち上がって戦う気持ちを見せる人へのプレゼントだ。

 

余裕がなくなって、前を向けていなかった自分には感じ取れなかった光が、すこしずつまた私にも見えてきた。日に日に輝きを増すキスマイを、全力でまた楽しめる日まで、私はたくさん頑張らなければいけない。そうすれば、また「ようこそ」と良さを見せ、惜しみなく楽しませてくれるのかもしれない。