白球を追う音の葉

野球音楽オタク横尾渉風味

好きだった、には敵わない

あまり気分の良いものじゃないので、リターン推奨です。ごめんなさい。少し、書かせてください。

 

 

情緒不安定すぎて笑う。

例の件について、最初はびっくりして、それからちょっと笑って、心配して、そして悪意に怯えて。朝方までお友達と話をして。でも大丈夫って前を向いていろんなところに感謝して好きを浴びて進んできた。

俳句を勉強した。マグロに詳しくなった。ピアノを弾いた。たくさん考えた。外の世界に積極的に出た。桜が咲いた。終わってしまう番組にはありがとうと帰ってくるのを待ってるよ、と伝えて、本人にも去年以来2回目のお手紙を書いた。それを昨日出して、もう大丈夫なはずだった。

キスブサも見た。たまちゃんとたいぴちゃんでとても笑った。好きな人も笑ってた。大丈夫だった。悪意に満ちた言葉からは適度に目をそらし、何の価値も信憑性もない情報は無視した。好きのエネルギーがどんどん増した。私も前に進んで、もう大丈夫だった。

でも、そんな昨日。怖いくらいの好きをぶつけるものに出会った。

先に触れておくと私はわざとこの間の記事で彼のフルネームを書いた。キーワードとして引っかかるからだ。下げ記事が読まれるならこっちを見て欲しかった。これ以上傷つきたくなかったし傷つけたくなかった。事態は収束し始めたし、もう調べるのはやめようと最後に開いた彼のフルネームのキーワードページ。そこで、出会った記事だ。

怖かった。好き、が溢れていた。好きのプレッシャーが押し寄せてきた。 でも、私は彼女の気持ちがわからなかった。私はアイドルだから好きなわけじゃない。そんなたらればの話をしたって仕方ないけど。でも、確かに7人の中にいる彼が好きではある。また、私と同じように彼を応援して好きなことや良いことを発信する人たちのことが大好きだ。甘いファンが嫌いだったと何度も言われてきたが、私は好きだ。彼に落胆することもない。彼に意見しようとも思わない。美術館に展示された絵に、この色で塗るべきだ、作品とはこうあるべきだと言わないのと同じだった。思っていたって発信しなくていい。テレビの前で文句言うのは勝手だが、球場でヤジを言う必要もないと思っている。ヤジを言う人とは、スタイルが違う。スタンスが違う。ほんとはこんなのを書くのも、違う。

黙って遠くから応援していたい。応援なんてこともできない。見ていたい。なのに、手紙を出してしまう。応援してる人がいることを、知って欲しくて。勝手に味方だと伝えたくて。

アイドルとしてしか好きになれない。私は彼と友達でもなんでもない。アイドルの面しか、知らない。たくさんの矛盾にはとっくに気付いていたけど、ずっとずっと都合よく好きなものを好きな時に好きなだけ浴びた。自分が回復するためのもので疲れたくなかった。直接話すことも会うこともできない。ずっと存在なんか知られない。知られなくていい。そんな距離だから。知っているのは、顔と名前だけだから。

今日はその大嫌いという大好きを、みんなが目にしていた。それが、肯定される世界だった。軽率に共有できやしないと思っていたあの記事が、世に出回った。小さな世界の出来事だが、私の趣味の世界の全てにそれが行き渡るような恐怖を覚えた。

それはそれは強い力だった。目を瞑る勇気があれば、引き返す勇気があればよかった。今日だって膨大な数のそれから目をそらせば良かった。嫌いだと言われたって私は読んだ、ちゃんと聞いたと強がってスターを押したって良かった。できなかった。私は自分の好きを肯定できるほど強くなかった。人の嫌いという名の大好きに打ち勝てるほどの強い好きを持ち合わせてなかった。人を元気づけるほど大きな人間でもなかった。

アルバムが心底楽しくてワクワクして好きなものを、好奇心を食べてもくもく元気になった。でも、小さな世界に溢れるそれに触れない勇気もなかった。どうして、どうしてそんなに動揺しているの?人の好きに引っ張られる程度の好きなの?と疑う自分がつらい。好きに大きいも小さいもないってことを肯定できない。いま、もしかしたら一番つらいかもしれない。 さっきまで楽しいおばけだったくせにね、何を言っているのだろう。自分の好きを認められない。

 

悪意には勝てても、好きだった、には勝てなかった。ほんとの好き、なんてものはないと言えなかった。私は明日から自分の好きに自信が持てるのだろうか。

それでも残酷なくらい、明日は来る。

あれだけ来て欲しかった明日を拒む自分はやっぱり意気地なしだ。

こんな文章を書いてもプライドを気にしてカッコつける自分なんか嫌いだ。

一番私が穏やかじゃなかった。自分のペースなんか守れてなかった。大丈夫なんかじゃなかった。こんなの書くのは間違ってるってここまで来てもまだ思う。

言葉の鎧も、呪いも、全部脱ぎ捨てたい。